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2007.03.19 Monday

社会性

芸人(役者)には「やんちゃしてなんぼ。」みたいな風潮があります。テレビで知る限り、芸能界の大物には伝説的な個性派がずらり・・・。たしかに、自分のペースで自由に生きている人を見ると、かっこ良く見えたり、数々の「武勇伝」を持ってたりすると魅力的に感じます。普段はちょっと変わっていて「不思議ちゃん」と呼ばれていても、舞台ではキラキラ輝く人は確かに存在します。
 そのせいかどうかは知れませんが、演劇している人(主に役者)の社会性の低さが気にかかります。もしかりに自分の「キャラクター」の為にそうしているとしても、「やんちゃ」を美徳と考えていたり、または自分の「いい加減さ」や「不真面目さ」「ダメさ」の肯定としてそういったことを引き合いに出すことは、自立にはほど遠い未熟な人間のすることだと思います。また、学生が「モラトリアム」という甘えのもとで、いいかげんでも許される学生生活に慣れてしまって、学生だけが参加するわけではない演劇の現場にもその甘さを持ち込んでくる。これも問題です。
 例えば自分が、とてもずぼらな性格であるとしましょう、誰とも関わらず一人ぼっちで生きてゆくなら問題ないでしょうが、社会や他者と一人前の人として関わっていこう(いきたい)とするとき、そうした性格の為に、人に迷惑をかけたり、責任を与えるべき対象として自分をみてもらえない場合があります。そうであるなら、それは改善しなければならないのです。とはいえ、持って生まれた性格や癖はそう簡単には直らない場合も多い。時には本当に病気としてそうした能力が生まれつき欠如している場合もあるでしょう。あまりに辛い場合は、運命や社会をのろう場合もありましょう、時には、自分を許せなかったり、ほこさきを他人にむけたくもなりましょう。それでもそれを自分の問題としてむきあっていこうとする、そうした煩もんが、逆に他人への思いやりを生んだり、自分や他人を深く見つめる目を養ったりすると思うのです。そうであってこそ人間も、芸も磨かれるとわたしは思っています。
 社会性が低下している(そう思われる)昨今、逆に「ちゃんとする」ことを率先して行うことが、むしろ「かっこいい」と思うのです。以前のブログにも書きましたが、ラボは「演技するひとの自立」を目的としています。自立の大きな条件は、他人から信頼されることです。それは人格的にも、演技そのものにしてもです。もっというなら「役者をするということが軽蔑される対象ではなく、尊敬され、憧れられる対象になるべきなのです」遅刻したり、締めきりを遅れたり、無断欠席したり、ラボでも社会性を疑うようなことは頻繁にあります。先日もワークショップ申し込みの締め切りを遅れて「なんとかなりませんか」といって来た人がいました。いろいろ都合があるのはよくわかりますが、ちょっと考えれば、期間内に申し込んで、しかも不採用になった人がいるのに、特別扱いすることはできないぐらいの想像はつきそうなものです。
 「役者の自立」を引き合いに出しましたが、本当にそうなろうとすることは思うよりたぶん大変なことです。なぜなら、それは日々、毎日の問題だからです。自分は「役者だ(かっこ良くいうならアーティストだ)」というアイデンティティーを獲得する為には、毎日そう生きなければならないのです。一回公演が終わりました。それで、やれやれ、ということではなく、絶え間なく自分を磨く自覚と日々の努力、そして結果がともに求められるのです。その自覚の一つとして、ぜひ「普通以上に」きちんとした社会性を持つべきだとおもいます。もちろん「社会性とは何か」という疑いも含めて。
 ところで、社会性はあるのだけれど、演技が面白くない人もいます。残念ながら、多少不真面目でも演技がおもしろい人が舞台では重宝されます。だからこそ、そうした人は努力で演技を磨いて、持って生まれた「キャラクター」に打ち勝つ必要があります。まじめさをプラスに考えて、ぜひ乗り越えていって欲しいと思います。

 
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